はじめに|この体験記の位置づけ
この記事では、私が実際に経験した👉 ジアルジア発症から現在までの全経過をまとめています。
単なる知識ではなく、
- 実際に何が起きたのか
- どう判断したのか
- 何が間違いだったのか
- 最終的にどう戦ったのか
を時系列で整理しています。
結論|一番の問題は「中途半端な治療」と「段階を上げない判断」
振り返って最も問題だったのはこの二つです。
- 👉 症状が消えた=治ったと思っていたこと
- 👉 同じ薬を繰り返し、段階を上げなかったこと
結果として再発を繰り返し、長期化しました。
発症から現在までの全タイムライン
2024年12月|感染
中国・大連経由でミャンマー・ヤンゴンへ渡航。滞在中、屋台の果物を毎日食べた。警戒心はほぼゼロだった。
2025年1月初旬|発症
帰国から2週間超えたころ、異常な便・強い膨満感・ガス増加が始まった。40分ごとにトイレを繰り返し、体重は77kgから73kgへ急落。
受診と挫折
近くの内科を受診するも「うちでは診られない」と断られた。海外通販でメトロニダゾールとチニダゾールを注文。
2025年1月〜秋ごろ|チニダゾールの繰り返し
チニダゾール2000mg単回投与を繰り返した。飲むたびに症状は消えた。そのたびに「治った」と思った。しかし2〜3ヶ月ごとに再発。合計4回。「駆除」ではなく「抑制」で終わっていた。
2026年3月初頭|メトロニダゾールで仕切り直し
改めてメトロニダゾールから仕切り直した。3日×2クール。
2026年3月17日|ニタゾキサニド第1クール開始
500mg・1日2回・3日間。一度はかなり改善したが、完全には切れなかった。
2026年3月20日|ニタゾキサニド第2クール開始
AI(チャッピー)との相談ログを記録しながら、症状の変化を1日単位で追い続けた。同時に別のAIをセカンドオピニオンとして導入。
2026年3月22〜25日
油膜消失・赤味ほぼ消失・膨満感ほぼなし。しかし数日後に再燃の兆候。
2026年3月26日|再燃確定
膨満感が戻り、赤みの混じる下痢が復活。ニタゾキサニドへの再投与は却下。最終手段へ切り替えを決断。
2026年3月27日〜31日|パロモマイシン+メトロニダゾール5日間
難治例の最終手段として5日間の2剤併用療法を実施。
- Day1朝:赤黒い水下痢
- Day1夜(14時間後):平常時の軟便に変化
- Day2:太さ2cmの通常便
- Day3:食後に腸が反応しなくなった
- Day5:5日間完走。赤みと油膜が消えた
2026年4月初旬〜現在|腸の再起動期
投薬終了後の「腸の再起動」期。完治基準(便1〜2回・半固形以上・油膜なし・赤みなし・食後に悪化しない)の3日連続クリアに向けて、現在進行中。
転機|AIをセカンドオピニオンとして使い始めた
ニタゾキサニド第2クール中、AIの判断に疑念を感じ始めた。「様子見」を繰り返すAIに対し、自分の体感は「これは回復ではない」と言っていた。
そこで別のAIをセカンドオピニオンとして導入。同じ経過記録を別のセッションに見せ、率直な評価を求めた。
二つのAIの評価が微妙に異なる場面があり、それを比較することで判断の精度が上がった。
特に重要だった判断:
- チャッピーが「チニダゾール単回で時間稼ぎ」を提案した場面でセカンドオピニオンは「耐性強化のリスクあり・却下すべき」と答えた
- パロモマイシンの投与期間を「6日で十分」とするAIに対し「文献上の難治例では10日間が標準」という反論が返ってきた
どちらのAIが正しいかではなく、二つの視点を持つことで過度な楽観も過度な悲観も避けられた。
学んだこと
① 症状ではなく「流れ」で判断する
👉 一時的改善では判断しない。「迷う状態は再発寄り」
② 中途半端に終わらせない
👉 症状が消えてからも最低1〜2週間は経過を観察する
③ 薬の段階を上げる判断を早める
👉 同じ薬を繰り返すより、作用機序の異なる薬へ切り替える
④ 回復期を軽視しない
👉 食事・生活が腸の回復速度を大きく左右する
⑤ AIはセカンドオピニオンで使う
👉 一つのAIを信頼しすぎない。複数の視点で判断の精度を上げる
この記録はまだ終わっていない
完治認定に至ったとき、改めてこの記録の続きを書く。
感覚ではなくデータで戦った14ヶ月以上の記録が、同じ症状で悩む方の地図になることを願っている。
👉 より詳細な判断ログ・AIとのやり取りはnoteで公開中
関連記事
👉 再発か回復かの見分け方
👉 再発の原因と対策
👉 治療薬の使い分け(パロモマイシンを含む全4種)
👉 回復期の食事

コメント